エコ・デ・ジャパン

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天地と呼吸する政策とは
近代西洋の発想は、天地と呼応しようとしない面があると感じています。あまりにも理屈に先立って、自然主義経済を理解しようとしてもできるものではないと痛感しているからです。

では、天地と呼応、「天地人」と言いますが、これは本来、何を意味しているのか私にはわかりませんが、おそらく天地と人が通じることだろうと思います。

天地と呼吸するにはどのようにしたらいいか。地球環境問題をただ頭脳で考えていただけでは、むしろ今までの近代西洋発想の延長線上となり、どれだけ環境問題を考えたとしても、さらなる「余計な人智」を加えてしまい、さらなる悪化を及ぼす恐れがあります。

私が子供のころ、よく病気になると、母はそのころ夢中になって研究していた「導引術」というものを施してくれました。他にもいろいろとその手のものを研究していたようですが、結論としては、両手を重ねて20回ほどすり合わせ、30回ほどその患部にあてて左回りに回すという方法でした。それで手のひらを天に向けるということだったように思います。

何の根拠も知らなかったけれども、それで腹痛でも頭痛でも歯痛でも風邪でも治った。鼻が詰まるとそれですぐに治った。

今、考えてみるに、合気道では手のひらを上にして天に対して気を呼吸させよということと共通することがあると気付きました。
現代では、このようなことをまともに扱う科学はなく、日本の伝統として残る武道・武術の世界にはいまだ存在しています。

さらに、地についてですが、私はかねてより剣道の足の運び方について、つま先立ちはおかしいだろうと思っていました。これがアキレス腱を切ってしまう最大の理由だけれども、かつての武士や、戦国時代の兵士たちがアキレス腱を切るのに悩まされた・・・などという話は一度も聞いたことがない。これは明治維新から曲解されて、つま先立ちになってしまったということを最近知りました。

それで本来は、踵の力によって、踏み出し、地面とは水平に、すり足によって進むことということがわかりました。地面を蹴っ飛ばしては、早くも走れないし、剣術においても誤った方法が伝承されてしまっているということです。

ところが、踵そのものではないだろうと最近考えるようになった矢先、私が通う東金居合抜刀同好会の陳徳銘先生より、「月刊秘伝」という雑誌をお借りしました。ここに「人間の中心力とはどこか」という論文を高岡英夫氏なる科学者が寄せています。

人体の中心力は、「正中線」「中丹田」「腰椎二番」「胸椎七番」「仙骨」「下丹田」「股関節」・・・・と、いろいろな説があります。いずれの武道家も「中心力が大事であり、中心力で動け」とは言いますが、その中心力とはどこにあるのかが人によってまちまちであるということです。

そしてどの指導者も、「中心力はここしかない」と、一つの部分だけを示しています。ところがこの高岡氏は、「多重中心構造論」ということを述べています。だがどうしてもどの指導者も中心力一点論を言う。だがそれは違うというわけです。それでこのことを理解していたのは養神館合気道の故・塩田剛三氏だけであったとしています。

それでその塩田氏の言う中心力は、養神館で教える中心線と下丹田以外にも多数存在するのだが、それは教えていないという。なぜならば、それは説明してわかるものではなく、自覚しなければならないからということです。そして、この時点で、弟子の中に中心線以外に中心力が存在していることを悟った人は一人もいないということでした。

その場所とは、塩田氏が足の裏の一点を指し示し、中心力が生まれる場所であると感慨深げにしていたところ、それはおそらく踵の前の部分であるかと思います。それで高岡氏は、普通の人から達人になるにしたがって、彼が「ウナ」と呼んでいる脛骨の垂直下部分、ここをどの達人も中心力として自覚しているというのです。

ここに自分は、かかとでは踏み出しているものの、実はかかと全体ではなくて、かかとの前の部分であることがよくわかりました。

そしてまた、なぜ脛から直下した部分が人間の中心力をなすのか、これは容易に理解することができました。

人間は天と地を結び、ここと直結することによってのみ、新たなる発想を生み出し、体内で物理化学生物学的に作られたエネルギー以外の気力を生み出すことができるのだろうと感じます。人間は脳によってだけ考えようとすると、あるいは物理学的な仕組みによって運動をしようとするとそれは、知の限界を生みます。それが近代西洋の限界なのです。

自然と調和する生き方、自然と調和する政策は、頭によって生み出されるものではなく、体によって体得するもです。情報というものは、かくも簡単にパクれる。だが、体得というものは、言葉では知ることができないものがあり、こちらの力は絶大なのです。

■【DVD】塩田剛三大全合気道の天地

http://heiwatou.web.fc2.com
Posted by : 大坂佳巨 | 環境 | 17:31 | comments(0) | trackbacks(0)
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